Mar 29, 2014

久しぶりにエンジン始動

キタ━━━━(゚∀゚)━━━━ッ!! 久しぶりの終日OFF !!!
一昨日から充電しておいたバッテリーを積み込んで、久しぶりにBuellのエンジン始動。冬眠明けでもなかなか調子が良さそう。
ねじ類のゆるみも軽くチェック。ちょっとコーヒーでも飲みに行ってこようかと、冬用に買ったはずのフルフェイスを初めて被り、横浜を目指すも10kmほど走るとキャブかエアクリ付近からカチャカチャと異音がしてきた。とりあえず、エンジンを止めて目視。
(;゚Д゚)エエー!!!ブローバイボルトが緩んでる!

車載工具(というより、Buellは車載スペースがゼロなので、いつもウェストポーチに入れて持っている工具)でエアクリカバーを外し、カバーの取り付けプレートを外せば緩んだボルトを回せるのに、プレートを固定しているヘックスレンチのサイズ(インチ)が無く、取り外せない。
どうしたものか、しばし考えるが、ブローバイのボルトが緩んでいても、すぐに致命的な故障にはならないだろうし、幸いにして、ボルトとプレートのすき間が殆ど無く、ネジが落ちる可能性は無い様子。
10kmほどなので、家に帰って直しましょうと!判断。
せっかく久しぶりの終日OFFがヘタレな1日になってしまった。
まぁ、家に帰って来てからは、それなりに、やらなきゃならない事もあったのでよかったかも、、。

どうでもいいけど、途中でゾロ目でました!

Mar 21, 2014

Ludovico Einaudi / Divenire

先日、録画したドキュメント番組のBGMが気になり、iphone アプリで調べたらこのイタリア人「ルドヴィコ・エイナウディ」というオッチャンの曲でした。

キース ジャレットのケルン コンサート以来の感動かも、、、人間の琴線を刺激するような旋律がとても印象的です。ドキュメントのBGM(映像音楽)で使われていたぐらいなので、映画のサントラでも使われているんだろうな、、、と思ったら、「最強のふたり」というフランス映画で使われていました。早速チェックしてみます。

「映像音楽」で思い出すのが 加古 隆 氏。
当時VHSで録画したNHKの「映像の世紀」とても衝撃を受け、何度も何度も観てしまいました。その時、印象に残ったBGMが加古隆さんの「パリは燃えているか」(←iTunesが起動します)でした。

ちなみにWikiには、、、
1995年にNHKスペシャル「映像の世紀」の音楽を担当した際は、番組終了後にはNHKに音楽に関する問い合わせが殺到した。この時のテーマ曲「パリは燃えているか」は、加古の作品の中でも最も多くの人に聴かれている楽曲である。
、、、とあります。日本での出世作だったんですね。
でも、ボクは学生の頃 (85〜86年?) に加古さんのライブに行った事があります。場所は青山スパイラルホールだったような、、、懐かしい。

普段、チープなガレージロックしか聴いてないように思われがちですが(実際好きですが)こんな音楽も聴いてます。



話は大きく逸れますが、ケルン コンサートのレビューに、舞台裏がこんなだったんか!!!という事が書かれています。コレにもびっくり。


Mar 12, 2014

3年経って思うこと

言うまでもなく、3月11日。あちらこちらで「忘れてはいけない」祭りとなっているが、風化は確実に訪れているように思う。
驚くのは遺体を動画で映したものがネットで散乱していたりする。明らかに被災者、遺族、亡くなられた方への配慮が欠けてきている。
ボクが最初にボランティアで仙台市に入ったのは11年の5月。某民放ラジオ局でのボランティア募集に応募し(確か選考で作文を書いたかな?)、仙台市の農家で、ビニールハウスや側溝の泥すくいをやった。その時は「被災した方々の気持ちを配慮し、人にカメラを向けないように」とまで言われた。
計4回被災地に入りボランティア活動したが、その他は募金と2回ほどチャリティ活動に参加しただけ。現地入り出来ていない自分に何だか罪悪感のようなものを感じている。しかも、ボランティアに参加している(した)人たちに対して「自己満足だけだ」「目立ちたいだけだ」等の野次りも聞こえてくる。
震災に対しての確実な風化に伴い、小さな事ではあるが、自分がボランティアとして活動してきた事が、果たして被災者のためになってきたのかと疑問に思うようになってしまっていた時、この本のほんの数行を読み助けられた。
徒然草の中での吉田兼好の教えを、現代のシチュエーションに置き換えて紹介している作品だが、その中で、、、
阪神大震災の被災者である著者が、数人の友人と雑談している場面がありでのこと。阪神大震災での芸能人の売名行為とも思われるボランティア活動をどう思うかと問われた場面で、著者は
「・・・・・・もしかしたら、偽善かもね。でもね、あのとき、家を放り出されて避難生活をした人にとっては、偽善かどうかはどうでもいいの。”助けてくれた”という事実だけがたいせつなの」
と答えている。
やってよかった。現地でお手伝いさせていただいた農家の方の感謝の涙は本物だったんだと今さらながら思えた。
そして、また今後も続けなければ、と今一度思う。

そして、忘れていたが、3月18日の自分のブログに、こんな言葉もアップしていた。

Most of the important things in the world have been accomplished by people who have kept on trying when there seemed to be no hope at all.
この世で重要な物のほとんどは、全く希望がないように見えてきたときでも、挑戦し続けてきた人々によって成し遂げられてきたきたものだ。 

デール・カーネギー

すっかり忘れているとは、自分の頭もかなり風化が激しいようだwww


全く関係無いけど、、、写真は先日植木屋さんに剪定していただいた銀杏の木。
デカくなりすぎないようにほどほどの大きさって難しい。